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可能性の話

自殺遺伝子、なるものが存在するらしい。ただ立証はされていないので、存在を断定することはできないが、一つの仮説としてあるようだ。

どういったものかといえば、言葉の意味通り、自殺に促す遺伝子。

つまり、自殺という行為が本人の意思によるものでなく、生まれ持ったものとしての行為であるとする説である。

自殺は時代を象徴するものであり続けた。ある時は、責任を果たす行為として。ある時は、社会に訴える行動として。そしてある時は、世界からの逃避として。

それは、生きる人たちによって機能してきた社会に対する、一人の人間が持ち得る最大級のアンチテーゼだったからだ。(自殺が必ず社会へのアンチテーゼになり得るかはわからないが)

しかし、そうでない自殺があったとしたら。自分の意思とは裏腹に選択された自殺があったとしたら。

この仮説が証明されれば、きっと何らかの大きな変化が社会にもたらされるに違いない。変化についての良し悪しは置いておくとして、その世界に興味が惹かれることは確かだ。

 

話は変わって、加工食品などで頻繁に目にする「遺伝子組み換え

これを、ある中国の研究チームがヒトの胚に用いた実験を行ったとの発表があったそうだ。これには当然、特に欧米では、倫理的問題含め賛否両論の激しい論争が起こっているらしい。

しかし、もし仮にこの研究がさらに進められ、ヒトへの遺伝子組み換えが認知される世の中が訪れ、そして自殺遺伝子の存在が立証されたなら。

 

医学の飛躍的な発展により、人の「生」は管理されつつある。

もしかしたら人の「死」が管理されるのも、そう遠くはないのかもしれない。